カリスマニート生活

子供の頃に戻りたい…社会人になって失ったもの

記憶における思い出の保存方法って人それぞれだと思いますが、僕の場合は「匂い」です。

 

ここで言う匂いとは、本来の意味にとどまりません。

鼻の奥をくすぐる本来の意味での匂いそのものでもあるし。

当時の自分が置かれていた環境の雰囲気を匂いとして感じる場面もあるし。

当時の自分の感情や、気持ちの勢い・エネルギーみたいなものも、頭の中で描く思い出の中では主に匂いとして記録されているような気がします。

 

大人になってから、幼い頃の自分を思い出す瞬間が増えました。

 

学校帰りに重たいランドセル背負って汗だくになりながら友達とはしゃいで帰っている時に匂ってくるアスファルトの焼ける匂いとか。

帰宅すると母親の作る野菜炒めの匂いが台所から漂ってくる、楽しみな夕飯時。

手洗いうがいしてそれを待っている時の自分、めちゃくちゃウキウキしてたなーっていう感情とか。

 

中学生時代はテニス部で、コートの土が風で舞い上がって僕たちにかかり、部員みんなで「ペッペッ!w」ってしたなーとか。

軟式テニスボール特有のホコリ臭いようなゴム臭いような、いやいや、どことなくいい匂いかもしれない…?みたいな複雑な感覚とか。

必死に練習する僕らの顔や腕に容赦なくジリジリと焼き付ける、真夏の香ばしい日差しの匂いとか。

不意に訪れる通り雨の後の地面の匂いとか。

 

部活終わりに近くの自動販売機に集まって、500mlのスポーツドリンクや炭酸飲料をガブ飲みして一気に体をクールダウンさせた時の爽快感、鼻を抜けるジュースの匂い。

その足でハンバーガー屋に直行、セットメニュー全部Lサイズにしてレジで受け取った時のサイコーに美味しそうな、それでいていかにも体に悪そうな、ちょっぴりワルなごちそうの匂い。

クーラーガンガンの店内で冗談言って腹抱えて笑い合う僕ら、ソファー席のなんとも言えないヒンヤリした密閉感。

 

部活所属の義務がなくなった高校生活。

6時間目の授業終了のチャイムと共にチャリンコをかっ飛ばす、全校生徒1早く校門を抜けた瞬間の開放感。

そよ風に乗って匂ってくる草木の青臭さ、自転車が砂利を蹴る音。

車も人通りもまばらな国道に沿って意味もなく全力立ち漕ぎダッシュ。

自分だけの町並みのような気がして思わず笑みがこぼれる。

 

今日は帰ったら何をしよう、明日は何をしよう、明後日は~その次は~

大人になったら何になろう。

 

幼い頃の僕は”瞬間”を全力で生きていました。

夢と希望と活力と期待と自信と気合いに満ち溢れていたフレッシュな毎日。

 

…時が経ち大人になると、そんな”ぼく”はいつの間にか僕の中から姿を消します。

大人になり、社会人になってから僕が感じる匂いは、幼い頃とは明らかに違う形に変化していきました。

 

ホコリの匂いでいっぱいの薄暗い工場、どこかで水面にしたたり続ける水滴の音。

汗と油の匂いが混じる、ジットリしてせま苦しい、窓のない更衣室。

開け閉めするたびにガリガリと噛み合う鉄臭い錆びたロッカー、欠けたプラスチックの取っ手、汚れとキズで顔が映らなくなった備え付けの小さな鏡。

こすったり引っ掛けたりして擦り切れまくった作業着、いたるところにへばり付いた重く真っ黒な油のシミ。

機械の老朽化によってたびたび床に流れ出てくる、シャバシャバした乳白色の切削油。

清掃用具箱を開けた時のボワッとしたカビ臭さ、破損してゴミ同然のメチャクチャ使いづらい清掃用具の数々。

タバコとコーヒーとホコリの臭いが染み付いた、廃車寸前の社用車の破れかけたシート、ヒビの入ったダッシュボード、くしゃくしゃのレシートが床に散らばって放置されたまま。

 

一日中駆けずり回った後のムンと蒸れた靴の匂い。

汗と皮脂で真っ黒に汚れたTシャツの襟元。

油が付いたまま握るせいでヌルヌルになるマイカーのハンドル。

 

小さな蛍光灯で照らされる、布団だけが置かれた汗臭い激安木造ワンルーム。

カーテンやサッシには大量の黒カビ、網戸は穴ぼこだらけ、強烈な雨水臭さ。

コンビニの袋から出す一番安いお弁当、具材が破裂するまで温めたあとの電子レンジのカピカピ汚れ。

少しだけカルキ臭い常温の水道水でご飯を流し込み、秒でシャワー浴びてドライヤーもせずに就寝。

 

わずか数時間後に目覚まし時計で叩き起こされる最悪の目覚め。

窓から差し込む朝日が部屋に舞うホコリを照らし”朝”を突き付けてくる。

皮脂の溜まった布団を干す間もなく油臭い作業着に着替え、玄関に鍵をかける。

 

代わり映えしない、一生変わることのないであろう映像、感情、感触、味、匂いだけが、僕の人生に取り残されていました。

春夏秋冬から隔離された僕の人生、無表情な日常がひたすら無限ループしていることに気付きました。

 

サラリーマンになった僕が”新しい匂い”を感じることは、ほぼありませんでした。

「変化」を感じられなくなったんです。

 

新作のコンビニ弁当が発売された時か、新しい缶コーヒーが発売された時がせいぜい…

幼い頃のように小さなことではしゃいだり、今日という幸せを噛み締めてウキウキしたり、明日という希望を期待してニヤニヤしながら布団に入ったり、将来という強敵に立ち向かうエネルギーが湧いてくるようなことはありません。

 

虚無とはまさにこのことでしょう、仕事に人生を捧げた社会人たちがヒーヒー言ってる気持ちが死ぬほど分かります。

 

人間は永遠に歳をとり続けるけど社会人になった途端に、ある意味での成長が止まってしまうんだな、と思いました。

 

僕の周りの大人はみんな同じように、下向いて会社と家を往復するだけの毎日を送っています。

同じ時間に起き、同じ服に着替え、同じ髪型を指定され、同じ発言を強要され…

ひとたび大人になってしまうと、口では「辛い、逃げたい、自由に生きたい」とぼやいていても、なぜか頑なに「定年」という指定されたゴールを目指さなければいけないようです。

 

見えない誰かにスタートもゴールも指定され、横並びでいることを強要されながらも確実に前に進み、指定された成果を出し続け他人の期待に答え続けなければいけない。

人生をかけた超・障害物走…地獄!

 

成長したくてもできない環境しか用意されていないことも原因かもしれません。

そもそも成長する必要がないのかもしれません。

”それでいい人”にとっては、それでいいのかもしれません。

 

今の僕は傍観者ですが、シンプルに(みんなそのままでいいのかなぁ)って思います。

 

PS.

「死ぬときに後悔すること25」って言葉があります。

その中で興味深いのが、仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと。

仕方ないですね、特に日本人は忙し過ぎますから。

生きづらい!解き放たれたい!俺の人生こんなモンじゃねぇ!と、仕事と趣味を両立するために転職したり海外に移住したり、僕みたいに起業して時間とお金に囲まれて自由に生きる人が増えていたりするのも頷けます。

もちろん、何もしないで寿命を迎えた死の淵で後悔に溺れる人もいっぱいいるでしょう。

 

まぁそれも”仕方ない”で済ませるか、常識に抵抗するかで、得られる未来は変わってきます。

ちなみに、抵抗することは誰にでも可能です、(ここまで読んでもらって分かるように)何の変哲もない一般人の僕にもできたことなので。

 

生き方は、人の数だけ用意されています。

各々が生きたいように生きるべきです。

ABOUT ME
わんどん
わんどん
【職業:カリスマニート】仕事というモノが世界一嫌い。「働きたくねぇなぁ」を実現するため、25歳からたった一人でビジネスを猛勉強。勉強期間3ヶ月足らず・投資総額10万円以下、ネットビジネス開始からわずか1年足らずで”働きたくないサラリーマン”に向けてビジネスを教える側に立つ。ロングスリーパー、最長睡眠記録22.5時間。調味料ジャンキーなので最近は食生活を見直している。